日系アメリカ人(Japanese American)

最近、第二次世界大戦当時のアメリカ日系人の物語が日本でTVドラマ化されたり、ドキュメンタリー映画が制作され注目されているようです。ロサンゼルスに住んでいると、日本にいた時には知らなかった、アメリカ日系人の様々なお話を直接お伺いするチャンスがあります。
先日、NCM2が毎月一回、聖日礼拝で賛美のご奉仕をさせていただいているGVIC(Gospel Venture Intenational Church)で、日米二つの祖国の狭間で実の兄弟が敵味方になった日本でもTVドラマになった「最後の絆」の主人公の、沖縄出身の東・フランクさんのお証しを拝聴しました。
また、今週は元アメリカ合衆国陸軍情報部(Military Intelligence Service:MIS)に所属しておられ2010年にアメリカ合衆国政府から金のメダルとオバマ大統領、アメリカ合衆国上院・下院の両議長、三人のサイン入りの表彰状を授与されたTさんにお会いする事ができました。
ncm2 journal
日米戦争と歴史の証人であるTさんの言葉は紛れもない実体験ですから、よく伺っておきたいと言う衝動にかられ、しばしお話を伺いました。
作家、山崎豊子さんの戦争三部作といわれる「二つの祖国」「大地の子」「不毛地帯」を最近読んだばかりの私には、これらのモデルの人々とお話をしているようでした。
日本語と英語の特別通訳養成所で厳しい訓練を受けた先鋭部隊のMISは、当時のアメリカ軍にとって、もっとも重要な戦略であったようです。Tさんは東京裁判で陸軍大将、東条英機ら当時の軍人の裁判の法廷で彼らを見ていた生き証人で、「東条さんの態度は立派でした」と語っておられました。
日系人として、日本人が裁かれ絞首台にあがるかもしれない裁判に望む気持ちはどんなものだったのかと想像する時、アメリカで生まれた日系人として、日本とアメリカの二つの祖国の戦争の狭間におかれた事は、悲劇としか思えません。
日本軍のパールハーバー攻撃後、アメリカ合衆国内にいた当時の日系人に起こった悲劇は計り知れないものがあり、現在アメリカに帰化して日系人となった私にもかつて日本にいた時とは違った現実と思いがあります。
昔、敵と味方に分かれたこのアメリカ合衆国に住む私が、こうして平和に暮らしている事を思う時、辛酸を嘗め尽くして、苦労された日系アメリカ人の皆様と、戦争のない平和な世界の素晴らしさを与えて下さっている神様に感謝せずにはいられません。
マダム

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